現代の丸メガネ~日本編(1950~1960年代)




生年順
1950 伊集院 静
1950 奥田瑛二
1950 綾小路きみまろ
1950 今野保
1951 高橋源一郎
1951 夢枕獏
1951 阿川尚之
1951 吉川洋
1951 大杉 漣
1951 ありむら潜
1951 中田昭
   坂田雅義
1952 坂本龍一
1952 三浦友和
1952 西野 嘉章
1952 イッセー尾形
1952 大森 一樹
1952 門川義彦
1952 笠井亮
1952 もたいまさこ
1952 花岡隆
1952 森たけし
1952 秋山孝
1952 辻村泰善
1952 三谷龍二
1953 石田秀輝
1953 二間瀬 敏史
1953 笛吹利明
1953 上野 俊彦
1953 小林よしのり
1953 古今亭 志ん輔
1953 天沼春樹
1953 加藤芳夫
1954 臣永正廣
1954 高橋学
1955? 吉野真常
1955 佐野史郎
1955 青島広志
1955 秋田光彦
1955 内田悟
1955 池田満
1955 ヤジマキミオ
1955 藤重佳久
1956 西和彦
1956 ブラザー・トム
1956 百田 尚樹
1956 竹中直人
1956 青木淳
1956 荒井良二
1956  笠井敏光
1956 竹森俊平
1956? 品川明
1956? 宮坂直孝
1956? 山崎敏正
1957 町田健
1957 チョーさん
1957 鈴木一義
1957 吉富有治
1957 澤田 哲生
1957? 森本紀行
   松延康
1958 三中信宏
1958 荒井広幸
1958 山田五郎
1958 植村秀樹
1958 新見隆
1959 鈴木惣一郎
1959 小林隆
1959 山田卓司
1959 いまみちともたか
1959 岡ノ谷一夫
1959 浅羽通明
1959 中村正人
1959 川端幹人
1960 笑福亭 晃瓶
1960 福田和也
1960 桂九雀
1960 布施英利
1960 橳島次郎
1960? 守口徹
1961 藤木勇人
1961 高橋克実
1961 三谷幸喜
1961 久保田雅人
1961 中井貴一
1961 早見裕司
1961 長谷川義史
1961 谷口榮
1961 中矢 伸一
1962 村上隆
1962 平田オリザ
1962 遠山正道
1962 三澤武彦
1962 小荒井 衛
1962 福井義高
1962 井原裕
1963 村上光男
1963 畠中理恵子
1963 加藤雅也
1963 千田嘉博
1963 竹谷隆之
1963 杉山豊治
 1963? 増田健一
1964 ぴろき
1964 堀江敏幸
1964 角田暁治
1964 野村辰寿
1965 松原桃太郎
1965 古田新太
1965 香川照之
1965 本木雅弘
   奥泉和也
1966 神田山陽
1966 梶原善
1966 沼田識史
1966 佐々木実
1966 モリナガ・ヨウ
   ヤマシタリョウ
   小野直哉
1967 立川キウイ
1967 二代目桂南天
1967 三宅伸一郎
1968 桂福点
1968 酒井田柿右衛門
1969 大棟耕介
1969 エンゾ・早川
1969 湯浅誠
1969 菱川勢一
  水守啓

写真は香川県情報誌「かがわ さぬき野 冬」からお借りしました。
伊集院 静(いじゅういん しずか、1950年2月9日 - )
伊集院 静は作家としてのペンネームである。作詞家としての筆名は伊達 歩(だて あゆみ)。
1981年、『小説現代』に『皐月』を発表し作家デビュー。
1984年8月27日にかつてカネボウ化粧品の「クッキーフェイス」のCMキャンペーンガールで一緒に仕事をした女優の夏目雅子と7年の交際の後再婚したが、夏目は1985年9月11日に27歳の若さで急性骨髄性白血病で死去した。
伊達歩(だて あゆみ)の名で作詞家としても活躍。
1992年7月15日、『受け月』で直木賞を受賞。同年8月7日に現在の夫人女優篠ひろ子と再婚。




奥田 瑛二(おくだ えいじ、1950年3月18日 - )は、愛知県春日井市出身の俳優、映画監督、画家、声優、ナレーター。本名は、安藤 豊明(あんどう とよあき)。旧芸名は奥田 英二。妻はエッセイストの安藤和津。
テレビドラマ『男女7人夏物語』などへの出演により人気が上昇し、テレビドラマや映画を中心に活躍。2001年には監督デビューし、3作目となる『長い散歩』は、奥田が「どうしても仕事がしたかった」という緒形拳を主役に配し、モントリオール世界映画祭でグランプリを受賞。さらに国際批評家連盟賞とエキュメニック賞も同時受賞し、計3冠を獲得するという快挙を成し遂げた。UP



   
綾小路 きみまろ(あやのこうじ きみまろ、本名:假屋 美尋(かりや よしひろ)、1950年12月9日 - )は、鹿児島県出身の漫談家。拓殖大学商学部卒業。
中高年世代が持つ人生の悲哀をユーモラスに語るのが特徴で、とりわけ中高年(メインは40代後半以降の所謂団塊世代)に人気が高いため中高年のアイドルとも言われる。UP




今野保(イマノタモツ)
ショッピング・アドバイザー。1950年、大阪市生まれ。大学在学中から流通業に興味を持ち、卒業と同時に大手スーパーマーケットに就職。販売促進課長を最後にスーパーから独立。現在、講演会、セミナーの講師として活動している。UP




高橋 源一郎(たかはし げんいちろう、1951年1月1日 - )は、広島県尾道市生まれの小説家。灘高等学校を経て横浜国立大学経済学部除籍。大学時代、学生運動に加わって凶器準備集合罪で逮捕起訴され、東京拘置所で半年を過ごしていたときに失語症を患い、リハビリテーションとして小説を書き始めた。元妻の谷川直子は小説家。前妻の室井佑月も小説家。UP




夢枕 獏(ゆめまくら ばく、1951年1月1日 - )は、神奈川県小田原市生まれの小説家、エッセイスト、写真家。
10歳から小説家を志し、大学卒業後は編集者をしながら作家活動と考えていたが、就職に失敗してしまい山小屋で働く。作品については本人曰く、「エロスとバイオレンスとオカルトの作家」で、密教ネタを散りばめたエログロの伝奇バイオレンスや、ひたすら男たちが殴り合う本格格闘小説を得意とする。漫画の原作となった作品は数多く、中でも『餓狼伝』は谷口ジロー、板垣恵介、『陰陽師』は岡野玲子、『荒野に獣慟哭す』は伊藤勢という実力派によって漫画化された。また、サイコダイバー・シリーズは、手を変え、作者を変え、幾度も漫画化されており、アニメ化もされている人気作品である。旅行や釣りが趣味。熱心なプロレス・格闘技ファンでK-1提唱者のうちの一人でもある。UP




阿川 尚之(あがわ なおゆき、1951年4月14日 - )は、東京都出身の法学者、エッセイスト。ニューヨーク州及びコロンビア特別区弁護士。慶應義塾大学教授。専門は米国憲法史、日米関係史。親米派論客の一人。作家阿川弘之の長男。妹はエッセイスト阿川佐和子。UP




吉川 洋(よしかわ ひろし、1951年6月30日 - )は東京都出身の経済学者、東京大学教授。専攻はマクロ経済学。Ph.D.(イェール大学、1978年)。2001年~2006年小泉純一郎内閣で経済財政諮問会議民間議員を務めた。2008年1月~2008年12月社会保障国民会議座長。2008年10月~2009年8月麻生太郎内閣で経済財政諮問会議民間議員を再び務めた。2010年4月~財政制度等審議会会長。
2006年の経済財政諮問会議で、当時の竹中平蔵総務大臣と与謝野馨経済財政担当大臣が提起した骨太の方針に関して、名目経済成長率と名目金利の相関関係・因果関係について議論を戦わせた。UP




大杉 漣(おおすぎ れん、1951年9月27日 - )は、徳島県出身の俳優。写真はドラマ「ハングリー!」で、主人公の父親の売れない画家役の時の丸メガネ姿。UP




*写真はブログ「西式甲田療法による介護」から拝借いたしました。
ありむら 潜(ありむら せん、1951年 - )は、漫画家。鹿児島県出身。
立命館大学経済学部卒業後、大阪市西成区萩之茶屋にある財団法人西成労働福祉センターに勤務。1977年同センターを利用する日雇い労働者向けの広報誌(センターだより)に4コマ漫画を描き始める。その後青年誌や新聞にてあいりん地区(釜ヶ崎)を舞台に日雇い労働者の姿を描いた『カマやん』シリーズなどを連載する。近年は南北問題や地雷問題、まちづくり問題にも関わる。
*カマやんは戦災孤児で、ありむらのほとんどすべてのマンガで主人公となっている。UP




中田 昭(なかた あきら)
1951年(昭和26年)、京都市生まれ。
日本大学芸術学部写真学科卒業。芳賀日出男氏に師事。
「京文化」をテーマに、風景・庭園・祭りなどの撮影を続ける。
著書
「京都御所 大宮・仙洞御所」「桂離宮 修学院離宮」「京都祗園祭」(京都新聞出版センター)「京都の祭り暦」「源氏物語を行く」(小学館)「日本の庭園・京都」(PIE BOOKS)「四季・京都の庭園」「京都 春夏秋冬 季節のことば」(光村推古書院)「雪月花の日々」(淡交社)、など多数。中田昭氏HP→「美しき日本の京都 春夏秋冬 季節のうつろい」
UP




写真はブログ「浦島久の玉手箱」さんから拝借しました。
坂田雅義(さかた まさよし)北海道十勝地方を代表する陶芸家で、札幌などでも精力的に個展を開いている。UP



坂本 龍一(さかもと りゅういち、1952年1月17日 - )は日本の音楽家。作曲、編曲、音楽プロデューサー、ピアニスト、キーボーディスト。東京都中野区生まれ。
1978年細野晴臣の誘いにより、高橋幸宏とともに結成した「イエロー・マジック・オーケストラ」は有名。1983年公開の映画『戦場のメリークリスマス』には、大島渚監督の依頼により、ヨノイ大尉役で出演し、デヴィッド・ボウイ、ビートたけしと競演。出演の条件として音楽を担当した。同作がカンヌ国際映画祭に出品された際に、映画監督ベルナルド・ベルトルッチと出会い、これが映画『ラストエンペラー』への布石となり、音楽を担当した映画「ラストエンペラー」ではアカデミー作曲賞を受賞した。UP



三浦 友和(みうら ともかず、本名:三浦 稔(みうら みのる)、1952年1月28日 - )は、山梨県出身の俳優。妻は元歌手、女優の山口百恵。1970年代に二枚目の俳優として人気があり、特に70年代後半、山口百恵と共演した主演映画・ドラマが次々とヒットし、「百恵友和コンビ=ゴールデンコンビ」と呼ばれた。1980年に山口百恵と結婚し、その後は映画・舞台で着実に役柄の幅を広げ、50代になってからは映画での活躍が顕著であり、日本アカデミー賞、ブルーリボン賞等の数々の映画賞の助演男優賞を獲得している。写真は映画「226」で安藤輝三役を演じた時のもの。UP




西野 嘉章(にしの よしあき、1952年1月 - )は、文化財保存科学、博物館工学、美術史を専攻する学者、東京大学総合研究博物館教授。 1979年東大文学部美術史専攻卒業、1982年同大学院博士課程中退、1984年弘前大学専任講師、1986年助教授、1993年「十五世紀プロヴァンス絵画研究 祭壇画の図像プログラムをめぐる一試論」で東京大学文学博士。1994年渋沢・クローデル賞受賞、東京大学総合研究資料館助教授、1996年総合研究博物館と改称、1998年教授。UP  




写真はブログ「P and P by PPPP」から拝借しました。
イッセー尾形(イッセーおがた、1952年2月22日 -)は、福岡県出身の俳優。一人芝居のスタイルを確立し、日本における一人芝居の第一人者となる。本名は尾形 一成(おがた かずしげ)。「一成」の名は宇垣一成に因むという。芸名の「イッセー」は、本名の音読みからつけたものである。日本テレビの『お笑いスター誕生!!』で金賞を獲得して広く認知されるようになった。この直後の『意地悪ばあさん』(青島幸男主演)では早野金造巡査を演じ、認知度は一気に高まった。現在では日本国内のみならずアメリカやヨーロッパといった海外でも巡業を行っている。また一人芝居の他にも桃井かおりや小松政夫との二人芝居、映画、ドラマ・CM・司会、小説の執筆、絵画など幅広く活動を行なっている。UP




写真左は、『週刊新潮』2013年8月29日に掲載のもの。
大森 一樹(おおもり かずき、1952年3月3日 - )は、日本の男性映画監督、脚本家。株式会社ファーストウッド・エンタテインメント代表取締役。大阪芸術大学芸術学部映像学科教授。UP




門川義彦(かどかわ よしひこ、1952年3月29日 - )
東京都墨田区出身の日本の経営コンサルタント。
笑顔アメニティ研究所創業者。明治学院大学経済学部商学科卒。
笑顔アメニティ研究所を設立し、CS活動を中心に接客販売の研修や指導など、広範囲に活躍する笑顔コンサルタント。(wiki参照)UP




笠井 亮(かさい あきら、1952年10月15日 - )は、東京都出身の政治家。東京大学経済学部卒業。日本共産党所属の衆議院議員(2期)、日本共産党中央委員会政策委員会副責任者(政策副委員長)。日朝国交正常化推進議員連盟副会長。元参議院議員(1期)。UP




もたい まさこ(1952年10月17日 - )は、東京都渋谷区出身の女優。本名、罇 真佐子(読み同じ)。
シャシャコーポレイション所属。舞台芸術学院卒業。1979年に同級生の渡辺えりらと「劇団3○○(さんじゅうまる)」を結成(1986年退団)。特異なキャラクターと演技で演劇界の注目を集める。その後TVや映画に出演するようになる。金鳥のタンス用防虫剤「ゴン」のCMでは、「亭主元気で留守がいい」のフレーズが流行語大賞の銅賞を受賞した。コメディドラマ『やっぱり猫が好き』がヒットし、一躍人気者となる。2007年、映画『それでもボクはやってない』で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞。写真は「ALWAYS 三丁目の夕日’64」で、たばこ屋を経営する大田キン役の、丸メガネをかけた、もたいまさこ。UP



花岡隆(はなおかゆたか1952年11月生まれ)
昭和27年11月 北海道小樽生まれ。今魯山人といわれる三重県・番浦史郎のもとで修行したのち昭和54年に伊豆修善寺へ築窯して独立。主に粉引や刷毛目の食器や花器は全国的に人気が高い。その作品はどれも控えめでさりげなく、何を盛ってもはえるが、使い込むうちぬくもりのある個性的な表情が生まれてくる。UP




写真は「和の湯」テレビ取材特集からお借りしました。
森たけし(1952年12月2日~)
本名は森武史
東京都品川区出身。讀賣テレビ放送のアナウンサー
バラエティ番組・情報番組に出演
青山学院大学経済学部経済学科卒業。大学では落語研究会に所属(六代目火の見家はん生(ひのみやはんしょう))し、漫才もしていた。
芸人を目指すも相方の就職を理由に断念した当時、落語研究会出身者を対象にアナウンサーを募集するという一風変わった採用を行っていた読売テレビを受験し、19834月に入社した。
『ズームイン!!朝!』では、スポーツコーナーで辛坊治郎とともに阪神タイガースの不振をぼやいた台詞「なんぎやなぁ」で1987年新語・流行語大賞流行語部門の銀賞を受賞。1989年には、辛坊と歌った阪神タイガース応援歌『負ける気せんね』をリリースした。UP




秋山孝(あきやまたかし、1952年生まれ)新潟県長岡市出身のグラフィックデザイナー。多摩美術大学卒業。東京芸術大学大学院修了。多摩美術大学教授。
ヘルシンキ国際ポスタービエンナーレ'97栄誉賞、イタリア・コーニュ国際自然映画祭'99ポスター指名コンペ一席、第10回国連賞・優秀賞など他多数。著書に『キャラクター・コミュニケーション入門』(角川書店)『秋山孝ポスター作品集』(上海人民美術出版社) 『Chinese Posters』(朝日新聞出版) 他多数。2009年には「秋山孝ポスター美術館長岡」がオープンした。UP




辻村泰善(つじむらたいぜん) 1952(昭和27)年奈良県生まれ
昭和42年元興寺辻村泰圓僧正の従弟として得度
昭和51年関西学院大学文学部美学科卒業
昭和52年奈良国立博物館学芸課研修生修了
昭和56年真言律宗大乗滝寺住職
昭和61年真言律宗元興寺住職
平成3年(財)元興寺文化財研究所理事長就任

現在、真言律宗元興寺住職、(財)元興寺文化財研究所理事長、社会福祉法人宝山寺福祉事業団評議員、(財)ならまち振興財団理事、種智院大学非常勤講師、独立行政法人国立博物館運営委員、真言律宗教学部長を務める。UP




三谷龍二(みたに りゅうじ) 木工デザイナー 1952年福井市生まれ。
1981年長野県松本市に工房・ペルソナスタジオを開設。職人との共同製作でもの作りをする。木の器をふだん使いの食器として提案し、全国で個展を開催、人気を博している。立体や平面作品も手がける。
著書『木の匙』(新潮社刊)、『僕のいるところ』(主婦と生活社刊) UP





この丸メガネは本研究会のオリジナル枠、Nagonです。
色をイエローグリーンに塗りなおし、氏の雰囲気にぴったりの丸メガネに!

写真は、丸メガネ研究会会員店のオプティック・レインボーさんのブログから拝借しました。
石田 秀輝(いしだ ひでき、1953年1月1日生まれ)岡山県出身
東北大学大学院環境科学研究科教授
伊奈製陶株式会社(現INAX)に入社後、空間技術研究所基礎研究所所長等を経て、2004年より東北大学大学院環境科学研究科教授を務める。ネイチャーテクノロジー(自然や生き物の持つ低環境負荷かつ高度な機能に学び、科学技術や産業にそれを応用しようという試み。)の提唱者として有名。2005年にはネイチャー・テック研究会を発足し、あたらしいものつくりを研究するかたわら、ものつくりのパラダイムシフト推進に国内外で積極的に活動している。UP




二間瀬 敏史(ふたませ としふみ、1953年1月2日 - )は、北海道札幌市出身の宇宙物理学者、東北大学教授。Ph.D.(ユニバーシティ・カレッジ・カーディフ、1981年)。京大大学院では松田卓也に師事したが、相対論の研究を反対されながらも押し通したのでそのまま博士課程には進めず、B.F.シュッツのもとへ留学して博士号取得。著書に相対論・宇宙論関連が多く『なっとくする宇宙論』などがありいずれも定評がある。UP




写真は「SLOW DOWN(浜田良美&笛吹利明) 応援隊のブログ」からお借りしました。
笛吹 利明(うすい としあき、1953年2月 - )は日本のミュージシャン、アコースティックギタリスト、アレンジャー、音楽プロデューサー。東京都生まれ。
現在ではバックバンドのバンドマスター(バンマス)や音響監督を務め、長渕にとっても笛吹自身にとってもお互いが必要不可欠な存在と言えるまでになっている。2010年よりツアー同伴はなくなったものの、現在でも両者の交流は続いている。また、浜田良美とユニット「スローダウン」を組むほか、オリジナルギターブランド「Shelly」のプロデューサーでもある。
出典:ウィキペディアUP




上野 俊彦(うえの・としひこ)
1953年7月8日東京都生まれ。上智大学外国語学部ロシア語学科教授。趣味は写真、ロシアやウクライナなどの田舎を歩くこと、洋楽、邦画。UP




小林 よしのり(こばやし よしのり、1953年8月31日 - )は、日本の漫画家、「よしりん企画」社長。
福岡商業高校、福岡大学人文学部フランス語学科卒業後、1976年にデビュー。『東大一直線』『おぼっちゃまくん』などのヒット作を持つ。1992年の『ゴーマニズム宣言』以降、政治的な作品が増え、2002年から季刊誌『わしズム』責任編集長なども務める他、大東亜青年塾名誉塾長という肩書きも持つ。UP




古今亭 志ん輔(ここんてい しんすけ、1953年9月25日 - )は、東京都品川区出身の落語家。落語協会所属。中央大学附属高等学校出身。出囃子は『越後獅子』。
1982年4月から歴代出演者の中では最も長い17年間に渡って、NHKの『おかあさんといっしょ』にレギュラー出演、「志ん輔ショー」のコーナーを担当した。現在、都内定席の高座を務める他、自主興行も開催。主なものに、「気軽に志ん輔」(お江戸日本橋亭)、「志ん輔の会」(国立演芸場)がある。その他の定期開催では、シェイクスピア作品を土台とした「シェイクスピア落語を楽しむ会」に出演する。志ん朝一門の後輩の育成にも近年精力的であり、古今亭朝太・古今亭志ん公・桂才紫とともに「たまごの会」を池上実相寺・池袋演芸場で開催している。UP




天沼春樹(あまぬま はるき、1953年 - )は、ドイツ文学者、作家、翻訳家。
埼玉県生まれ。中央大学大学院文学部博士課程満期退学。日本児童文芸家協会元理事長。日本ツェッペリン協会会長。『水に棲む猫』で第21回日本児童文芸家協会賞受賞。 UP




写真はサイト「マザーレイク」からお借りしました。
加藤芳夫(かとう よしお) 1953年、名古屋市に生まれ、1979年愛知県立芸術大学デザイン専攻卒業後、サントリー㈱デザイン室(現デザイン部)入社。2003年からデザイン部長。
飲料・酒類デザイン戦略、商品化、ブランドマネージングに関わりながら、コンセプト制作からネーミング、アートディレクションと具体的なデザイン方針をチームにより開発し、数々の新製品(ブランド)を創出している。「ボス」「CCレモン」「なっちゃん」「DAKARA」などにより日本パッケージデザイン大賞 大賞、金賞、銀賞など受賞。愛知県立芸術大学非常勤講師を務める。UP



臣永正廣(とみなが・まさひろ) 昭和29(1954)年、徳島県生まれ。東京の編集プロダクションに勤務後、フリーライターとして独立し、事件事故や芸能、海外などを幅広く取材。地元の徳島県那賀川町にUターンし、平成11(1999)年4月、町長選で初当選。2期目途中の18年3月、阿南市への編入合併により失職した。24年6月、大阪市の区長公募で西成区長に合格。8月から就任し、同市の中でも生活保護受給率や高齢化率が高い西成区の再生の先頭に立つ。UP 




「ひろしまWEB博物館 イベント情報掲示板」から写真をお借りしました。
高橋学(たかはし まなぶ)
1954年愛知県小牧市生まれ。83年立命館大大学院博士課程修了。
大学院在籍中から約10年間、全国の埋蔵文化財発掘調査に参加。
94年4月より同大理工学部建設環境系教授(環境考古学)。
専門は環境考古学・災害リスクマネージメント、自然環境が変化する中で、人間は土地をどのように開発し、災害に逢ってきたかを明らかにし、それを前提として、災害で人の死なない都市計画や防災計画を検討すること。
著書に『平野の環境考古学』論文は「土地の履歴と阪神・淡路大震災」「古代荘園図と自然環境『日本古代荘園図』」「土地利用の変化が拡大させた水害・1998年長江大水害」など多数。UP



吉野真常(よしの しんじょう) 静岡県伊豆の国市出身。
弘法大師が開いたとされる伊豆市修善寺の修禅寺の住職。18年ぶりの交代で、2009年7月2日に42世田中徳潤師(当時92)が退任し、43世吉野真常師(当時54)が就任した。UP




佐野 史郎(さの しろう、1955年3月4日 - )は、日本の俳優、映画監督。佐野家は島根県松江市で代々続く医家。1975年、劇団「シェイクスピア・シアター」に創設メンバーとして参加。1980年、唐十郎主宰の「状況劇場」に移り、1984年まで在籍。1986年に林海象監督の一般公開デビュー作となる『夢みるように眠りたい』の主役で映画に初主演した。1992年、テレビドラマ『ずっとあなたが好きだった』の桂田冬彦を熱演及び怪演したことで広く知られるようになり、「冬彦さん」と言えばマザコン男性を意味するようになるほどのブームを生んだ。正統派演技から、知的ながらもどこか狂気を宿した演技、軽い感じのコミカルな演技まで幅広く得意とする。1995年からは竹内銃一郎と隔年活動の演劇ユニット「JIS企画」を組んで、本多劇場をメインとして活動していたが2004年から活動を休止している。UP




青島 広志(あおしま ひろし、1955年3月31日 - ) 作曲家。主に合唱曲・歌曲・管弦楽曲等を作曲。作曲家の他にもピアニスト・司会者・イラストレーター・少女漫画研究家として活躍するマルチタレント。テレビへの出演も多い。
東京芸術大学・都留文科大学・都立芸術高校各講師、東京室内歌劇場運営委員、日本現代音楽協会、作曲協議会会員。東京芸術大学大学院を首席修了している。UP




秋田光彦(あきた みつひこ) 浄土宗大蓮寺住職、應典院代表。1955年大阪市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後、東京の情報誌「ぴあ」に入社し、主に映画祭の企画・宣伝を担当。退社後、映画制作会社を設立、プロデューサー兼脚本家として「狂い咲きサンダーロード」「アイコ16歳」などを発表、1997年に劇場型寺院應典院を再建。以後10数年間にわたって、市民、コミュニティ、地域資源のあり方を具体的に提案し、実践し、市民活動や若者の芸術活動を支援してきた。また、人生の末期を支援するエンディングサポートをNPOと協働して取り組むなど、劇場寺院應典院を拠点として、仏教、アート、まちづくり、コミュニティケアなど、「協働」と「対話」の新しい地域教育にかかわる。2009年度からパドマ幼稚園園長に就任。相愛大学人文学部客員教授として「人間共生」を指導する他、上町台地からまちを考える会代表理事、総合幼児教育研究会代表理事、上町台地マイルドHOPEゾーン協議会理事、アートミーツケア学会理事、NPO法人コミュニティシネマ大阪理事など活動範囲は幅広い。「地域を活かす つながりのデザイン」(創元社)「日本人と死の準備」(角川SSC選書)「CAFE:創造都市・大阪への序曲」(法律文化社)「生命と自己」(慶應義塾大学出版会)などを分担執筆、著書に「葬式をしない寺-大阪・應典院の挑戦」(新潮新書)。近著に釈徹宗氏との共著で「仏教シネマ〜お坊さんが読み説く映画の中の生老病死」(サンガ)。出典:應典院HP UP




写真はより拝借しました。
内田悟(うちださとる) 1955年北海道生まれ。
フランス料理店で修業中野菜への関心を深め、26歳より23年間青果納品業に勤務。その後築地場内の仲卸店で有機無農薬野菜のコーナーを立ち上げたのち、2005年東京中央区にレストラン専門青果店『築地御厨』を創業。素材にこだわるレストランにお任せで注文を受けるほど、信頼できる青果店として評判を呼ぶ。 2007年からは、一般消費者にもきちんと野菜と向き合ってほしいと、本業のかたわら無料の「やさい塾」を開講。安全安心な野菜の選び方や扱い方を独自の視点でわかりやすく伝え、幅広い支持を得る。UP




写真はブログ「縄文文字 ヲシテ を 復活!」からお借りしました。
池田満(いけだ みつる、昭和30年(1955年) 大阪府 生まれ)
17才の時に、『ホツマ ツタヱ』に巡り会う。
それから同書の研究に没頭し、その成果をまとめて『ホツマ辞典』(展望社)を上梓出版した。また、原写本の発見保存の分野でも活躍した。最古の完写本の『ホツマツタヱ』が平成4年(1992)に発見され、池田満が、虫食いになって散逸目前だった写本を修復して保存に糸口を付けた。
なお、池田は江戸期の大坂が生んだ天才町人学者、富永仲基の「加上」の論を高く評価し、自身の研究に活かしている。UP




ヤジマキミオ(1955年~ )
川越市生まれ。
幼少期よりアートに目覚めるが、成人後やむなく公務員の道に。
1933年より数多くの発砲スチロールアートの製作を手がける。
そして公務員を退職し、現在ではその独特なヤジマワールドを多くの人に見てもらうべく製作に没頭。UP




藤重佳久(ふじしげ よしひさ) 福岡県久留米市出身。武蔵野音大音楽学部器楽科卒業。
卒業後は東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団でホルン奏者として活躍。その後、高校時代の指導者に「精華女子を吹奏楽で盛り上げないか」と誘われ、福岡市の精華女子高校に赴任。当初5名だった吹奏楽部の生徒も146人の大所帯となり、2011年の全日本吹奏楽コンクール、全日本マーチングコンテストで金賞に輝いた。UP




西 和彦(にし かずひこ、1956年2月10日 - )は、神戸市出身のエンジニア、実業家、教育者。アスキーの創業者として知られるほか、マイクロソフト副社長も務めた。アゴラブックス株式会社取締役、学校法人須磨学園学園長、尚美学園大学大学院教授、埼玉大学大学院経済科学研究科客員教授。株式会社ITNY代表取締役マネージングディレクター。早稲田大学理工学部機械工学科中退。1999年(平成11年)には工学院大学大学院で博士号(情報学)を取得している。UP





Bro.TOM(ブラザー・トム、1956年2月23日 - )は、有限会社「トムさんの会社」所属の歌手、タレント。本名は小栁 富(こやなぎ とむ)
1983年、同業者でコミック歌手の近藤伸明(現 ブラザー・コーン)とバブルガム・ブラザーズを結成。ソロとしても活動。テレビ、CMなどでも活躍。父親はハワイ先住民マウイ族アメリカ人の軍人で、母親は日本人。また自身は帰化して日本国籍となった。UP




百田 尚樹(ひゃくた なおき、1956年(昭和31年)2月23日 -
放送作家・小説家。大阪市東淀川区出身。
同志社大学法学部在学中に『ラブアタック!』(ABC)に出演し、みじめアタッカーの常連だった。妻はその時に出演していたかぐや姫役の女性。大学生活5年目で中退、その後放送作家となり、『探偵!ナイトスクープ』のチーフライターを25年以上に渡り務めている。
2006年(平成18年)に『永遠の0』(太田出版)を発表し、小説家としてデビュー。2009年(平成21年)、『BOX!』が第30回吉川英治文学新人賞候補、第6回本屋大賞の5位に選出され、映画化もされた。
2013年10月9日、第26回日本メガネベストドレッサー賞文化界部門を受賞。UP




竹中 直人(たけなか なおと、1956年3月20日 - )は、横浜市金沢区出身の俳優、タレント、コメディアン、映画監督、歌手、多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科客員教授。妻は元アイドル歌手、女優の木之内みどり。多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科卒業。

1991年、つげ義春の漫画『無能の人』を映画化する際、奥山和由に才能を見出されて主演を務めると共に監督にも抜擢され、同作にて映画監督デビュー。1996年には、NHK大河ドラマ『秀吉』で主演の豊臣秀吉役を務めた。同作は平均視聴率30%を超えた。
映画『無能の人』では、第15回日本アカデミー賞 優秀作品賞、優秀監督賞、優秀主演男優賞を受賞。その他、コメディアン、俳優、映画監督として、数多くの賞を受賞している。
写真は、映画『226』で磯部浅一を演じた時のもの。UP




青木 淳(あおき じゅん、1956年(昭和31年)10月22日 - )
日本の建築家。(株)青木淳建築計画事務所主宰。日本建築学会賞、吉岡賞など受賞。
ポストモダニズムの気質を残しつつ近代の思想を継承する建築家の一人である。
また、彼の思想「白く塗れ」を提唱し、個々の作品ではモノ同士のヒエラルキーを無くすことを意図している。
なお、青木のアトリエは、四年制(所員は四年で独立)という珍しいシステムを採用しており、教育者として、建築家を多く輩出している。UP




荒井 良二(あらい りょうじ、1956年 - )は日本を代表する絵本作家の一人。山形県生まれ。 日本大学藝術学部デザイン学科卒業、1990年に処女作『MELODY』を発表し、絵本を作り始める。UP




笠井敏光(かさい としみつ、1956年~ )
大阪市出身。大阪国際大学国際コミュニケーション学部教授。
文化プロデューサー。
大阪府羽曳野市で文化行財政、生涯学習などを担当後、市立生活文化情報センター館長などを歴任。専門は考古学、文化遺産学、生涯学習論、文化政策学。UP




写真は「朝日新聞デジタルニュース2015.1.20」からお借りしました。
竹森俊平(たけもり しゅんぺい)
1956年東京生まれ。81年慶応義塾大学経済学部卒業。86年同大学院経済学研究家修了。同年同大学経済学部助手、86年7月米国ロチェスター大学に留学。89年9月同大学経済学博士号取得。
現在、慶應義塾大学経済学部教授(経済学博士)。
主な著書は『経済論戦は甦る』『資本主義は嫌いですか』『ユーロ破綻 そしてドイツだけが残った』など。UP
 




写真と文は「yahoo JAPAN クローズアップ 夏バテ解消プログラム」から拝借しました。
品川明(しながわ あきら、1956?年生まれ))
学習院女子大学教授、農学博士。フードコンシャスネス プロジェクトリーダー。
味わい教育(フードコンシャスネス論)、環境教育、水圏生物化学、生理生態学、水圏の生物、特に河川・干潟・磯浜に生息する生物の環境適応能や環境浄化修復能をテーマとしている。また、日本の食文化を支える魚介類や魚醤などのうま味成分についても研究している。UP




写真はサイト「大吟醸を楽しむ会」よりお借りしました。
宮坂直孝(みやさか なおたか、1956?年生まれ) 慶應義塾大学卒業、MBA取得。創業1662年、長野県諏訪市にある造り酒屋の老舗「宮坂醸造株式会社」の代表取締役社長。諏訪大社のご宝物「真澄の鏡」を酒名に冠した「真澄」は美酒として海外でも人気。2000年より清酒の海外輸出に本腰を入れ始め、日本食ブームとあいまって、フランス、ニューヨークなど、世界20カ国への輸出売り上げが順調に伸びている。 「日本酒を世界酒へ」をキーワードに、世界に向けて「日本酒文化」を発信中。2013年11月1日に国連本部で日本酒レセプションを初めて開催した。UP




山崎敏正 1956年生まれ?(シルベストサイクル)
「てnち」のニックネームで親しまれているシルベストサイクル総括店長。選手としてはモスクワオリンピックの日本代表に選出された経験を持つ一方で、サンツアーの開発部に在籍していたことから機材への造詣も深い。現在もロードレースで現役で、実業団ロードで入賞する好調ぶり。シルベストサイクルは梅田、箕面、京都と関西に3箇所に店舗を構え「頑張るアスリートのためのショップ」として信頼の技術力や確かなフィッティングサービスなどを提供している。加えて、ロードレースやロングライド、トライアスロン、トレイルランなど様々なジャンルのソフトサービスを展開している。UP
 「cyclowired.jpスポーツサイクリング情報ステーション」より




町田 健(まちだ けん、1957年-)は言語学者、名古屋大学大学院文学研究科教授。専門は言語学。文の意味と構造の関係、ソシュール学説、フランス語などを研究。初心者には難解とされる生成文法等を分かりやすく解説する。
日本語文法にも精通しており、文部省科学研究費で和仏機械翻訳のための基礎的研究に取り組むなど幅広いジャンルで活躍している。また最近ではタモリのジャポニカロゴス等のテレビ番組にも出演している。UP




チョー(1957年12月15日 - )は、声優、俳優。埼玉県鴻巣市出身。二松学舎大学文学部国文学科卒業。旧芸名は長島 雄一(ながしま ゆういち)、現芸名の「チョー」は、かつてNHK教育テレビの『たんけんぼくのまち』で「チョーさん」として出演していたことに由来する。
代表作は、吹き替えでは『ロード・オブ・ザ・リング』(ゴラム)、『太王四神記』(ヒョンゴ)、アニメでは『ONE PIECE』(ブルック)、その他『いないいないばあっ!』(ワンワン)、顔出し出演では『たんけんぼくのまち』(チョーさん)など。UP




鈴木一義(すずき かずよし、1957年生まれ)新潟県出身。国立科学博物館理工学研究部科学技術史グループ長。東京都立大学工学部卒。世界文化遺産委員、ものづくり日本大賞選考委員。全国各地の博物館展示の監修にもあたっている。

国立科学博物館HP~日本の科学技術の発達過程(特に近世以降)を専門とし、在来技術や 近代技術、現代の産業技術に関わる直接的な資料の収集、調査、研究 を行っています。江戸時代のからくり人形、鉱山・測量技術から、 明治の造船、紡績、現代の自動車、飛行機、ロケットまで、研究対象は 非常に広範囲にわたります。UP




吉富有治(よしとみ ゆうじ、1957年生まれ)愛媛県出身のジャーナリスト。金融専門誌、写真週刊誌の記者を経てフリーに。金融記者時代は中小金融機関を、週刊誌記者時代は経済事件などを担当。フリーに転身してからは雑誌で政治・経済記事を、また新聞でコラムなどを執筆。テレビでは情報番組のコメンテーターも務める。現在は地方政治や自治体、また企業取材を中心に活動している。
「橋下徹 改革者か壊し屋か 大阪都構想のゆくえ」著者紹介欄より抜粋UP




写真は、ブログ「ぼちぼちいこか。。。」より拝借しました。
澤田 哲生(さわだ てつお、1957年 - )兵庫県生まれ。
1980年、京都大学理学部物理科学系卒業。 専門は核融合学、宇宙炉工学、原子核工学、環境技術・環境材料。特に原子炉物理、原子力安全(高速増殖炉の炉心崩壊事故および軽水炉の過酷事故、核融合システム安全など)、核不拡散・核セキュリティの研究に従事してきた。社会システムとしての原子力、原子力の初等・中等教育に関心を持つ。『つーるdeアトム』を主宰し、原子力立地地域の住民と都市の消費者との絆を結ぶ活動などを行ってきた。2005年3月、日本原子力学会社会環境部会第1回優秀活動賞を受賞。 日本エネルギー会議の発起人のひとり。UP




森本 紀行(もりもと のりゆき、1957年?-)
東京大学文学部哲学科卒業。1981年4月、三井生命保険相互会社入社。 その後、90年ワイアット株式会社(現・ワトソンワイアット)へ入社し、92年には取締役に就任。 日本発初の企業年金ファンド等の機関 投資家向け投資コンサルティング事業を手がける。 2002年、HCアセットマネジメントを設立。UP




松延康(まつのぶ しずか)北里大学大学院獣医畜産学研究科博士課程修了、農学博士
青森中央短期大学専任講師、国立精神神経センター研究員を経て学習塾「夢Juku」主宰。地域の子どもたちの学力向上に努める。
東京テクニカルカレッジ、および東京バイオテクノロジー専門学校などで、生物学、同実習、栄養生理学、実験動物学、食品衛生学、統計学を担当している。郵政大学校では統計手法を担当した。平成20年、理科教育研究フォーラムを設立し、独立行政法人青少年教育振興機構より助成金を得て「親子理科実験教室」を開催し、その活動は読売新聞、TBSラジオ等で紹介された。都内小中学校の要請を受けて特別講師として年間50クラス以上の実験授業を行うとともに、特認講師として小学校理科専科、中学校理科担当講師として学校教育の現場にも携わっている。
出典:NPO法人子育て未来研究所HPUP




写真は茂木健一郎「クオリア日記」から拝借しました。向かって右が三中氏
三中信宏(みなか のぶひろ、1958年2月27日-) 京都市生まれの進化生物学・生物統計学研究者。
東京大学大学院農学系研究科修了。主として系統樹の推定方法に関する理論を研究。遺伝子の配列情報に基づく巨大系統樹推定の方法論と高速なコンピュータ・プログラムの開発などに従事している。
1993年度日本生物地理学会賞受賞(首席)、2003年度日本進化学会・教育啓蒙賞受賞。
『生物系統学』、『系統樹思考の世界:すべてはツリーとともに』など著書多数。UP




荒井 広幸(あらい ひろゆき、1958年5月15日 ‐ )は、日本の政治家。新党改革所属の参議院議員(2期)。新党改革幹事長。衆議院議員(3期)、福島県議会議員(1期)、新党日本幹事長、改革クラブ幹事長を歴任。第21回参議院議員通常選挙を目前に控えた2007年7月、滝実と共に新党日本のマニフェストを党首の田中康夫が役員会での議決を経ずに独断で改定し、特に日本国憲法第9条に関する部分について議論が尽くされなかった点を批判。田中による党の私物化を非難し、新党日本の解党を要求したが、田中がこれを拒絶したため、荒井は記者会見で新党日本の「解党」を宣言した。以後、改革クラブに参加するまでは無所属であった。なお、党幹事長である荒井が「解党」を宣言したものの新党日本は存続し、第21回参議院議員通常選挙での得票により、政党助成金も受け取るための政党要件をクリアした。UP




写真は、「東京新聞 TOKYO WEB」からお借りしました。
山田 五郎(やまだ ごろう、1958年12月5日 - )
東京都渋谷区出身の美術評論家、タレント、コラムニスト。元講談社編集者。
本名は武田 正彦(たけだ まさひこ)。愛称は教授。五郎さん。UP




植村 秀樹(うえむら ひでき、1958年 - )
日本の国際政治学者。流通経済大学法学部教授。専攻は、国際政治学、日本政治外交史。
愛知県新城市生まれ。1983年早稲田大学法学部卒業。読売新聞社勤務を経て1994年青山学院大学国際政治経済学研究科博士課程修了、博士(国際政治学)。文部省教科書調査官、放送大学非常勤講師を経て、現職。専門分野は、わが国の安全保障。UP 




写真は、「慶應義塾大学アート・センター Keio University Art Center」からお借りしました。
新見 隆(にいみ りゅう、1958年 - )は広島県出身。
慶應義塾大学文学部フランス文学科卒業。1982年から1999年2月まで、西武美術館・セゾン美術館の学芸員として、展覧会の企画を担当。
イサム・ノグチ庭園美術館学芸顧問。インディペンデント・キュレーター。慶應義塾大学アート・センター訪問所員。
千葉大学教育学部大学院美術専攻、慶應義塾大学理工学部、東京造形大学比較造形学科などの講師を経て、1999年より武蔵野美術大学芸術文化学科教授。専門は、近・現代デザイン史・美術史、現代芸術論、アート・マネージメント。ジャポニスムを端緒とした比較空間、空間感覚学から、美術・デザイン・建築の影響史、受容史、比較文化史、芸術社会学。出典:ウィキペディア UP




鈴木惣一郎(すずきそういちろう1959年5月11日、静岡生まれ。)
細野晴臣氏プロデュースのノンスタンダードレーベルから「ワールドスタンダード」としてデビュー。以来細野晴臣の『HOSONO BOX』やキングの「ヴァンガード・シリーズ」などの監修をはじめ、あがた森魚、イノトモ、田辺マモルなど多数のCDのプロデュース、『モンド・ミュージック』シリーズや『モンドくん日記』などの著書、CDのライナーなどでも幅広く活躍中。UP




小林 隆(こばやし たかし、1959年8月20日 - )は、日本の俳優。ケイファクトリー所属。血液型O型。

埼玉県川越市出身。埼玉県立松山高等学校卒業、明治大学文学部文学科英文学専攻卒業。
明治大学在学中は体育会ヨット部に所属。4年時にはスナイプ級で関東インカレ団体優勝。
三谷幸喜が主宰していた劇団「東京サンシャインボーイズ」の出身。その影響で三谷作品に起用されることが多い。
代表作として、フジテレビ放送の『古畑任三郎』シリーズの向島音吉役や、NHK大河ドラマ『新選組!』の井上源三郎役で知られる。2014年には市村正親の病気療養に伴う代役として、オムニバスドラマ『おやじの背中』最終話の主演に抜擢された。
ご紹介者:nocchi様 UP



山田 卓司(やまだ たくじ、1959年9月18日 - )、は静岡県出身のモデラーで、日本のプロモデラー界を代表する作家の一人である。
プロデビュー以前より、タミヤ模型の主催する「人形改造コンテスト」の常勝メンバーとして名を馳せる。TVチャンピオンプロモデラー選手権で最大3連覇、5回の優勝を飾っている。その情景を切り取るセンスのよさから「情景王」の異名をとる。また、世界的な模型コンテストユーロミリテールで、1995年クラス15(情景部門)において、金賞を受賞。2006年には、浜松市美術館にて個展を開催。プラモデルやガレージキットなど、既成のモデルを利用したジオラマ作品が美術館の企画展として開催されるのは異例の事である。 氏の本領が発揮されるのは、なんといってもジオラマで、TVチャンピオンで優勝した際のジオラマも「引越しのおもいで」や「終戦のおもいで」といった昭和ノスタルジーに溢れている。UP




写真はブログ「物欲夫婦の野営記録」からお借りしました。
いまみちともたか(いまみち ともたか、本名 今道 友隆(いまみち ともたか)、1959年10月12日 -)は、ロックバンドBARBEE BOYSのメンバーでギタリスト・作曲家。
東京都出身。父親は、哲学者、美学者であった今道友信(元東京大学名誉教授、元聖トマス大学名誉教授)。ピアニストの川口信子は実妹。また、母親は元ソプラノ歌手で音楽大学の教授であったが、幼少時に両親が離婚し、父親の元で育てられる。
キャロルのファンで、内海利勝がストラトを使っていたため、その後ずっとストラトを使い続ける。
通称イマサ。出典:ウィキペディアUP



岡ノ谷一夫(おかのや・かずお)1959年生まれ。1983年慶應義塾大学文学部心理学専攻卒業。89年米国メリーランド大学心理学部博士課程修了、Ph.D.取得。専攻は神経行動学。上智大学生命科学研究所、農林水産省鳥害研究室、慶應義塾大学心理学研究室などで鳥の発声の研究を続け、94年千葉大学文学部助教授、96年科学技術振興事業団の「さきがけ研究21」に兼任研究者として参加。2004年より理化学研究所チームリーダー。主な著書に『小鳥の歌からヒトの言葉へ 』(岩波 科学ライブラリー)、『心理学辞典』(丸善)など。UP



浅羽 通明(あさば みちあき、1959年 - )は神奈川県横須賀市生まれの評論家。早稲田大学法学部卒。1981年司法試験合格するも司法修習生時代に「自分には合わない」との理由でドロップアウト。法政大学非常勤講師。みえない大学本舗主宰。早稲田セミナー専任講師時代には公務員講座にて政治学を長年担当。文筆家としても、社会評論、思想、哲学方面の著作が多数あり。1990年代に漫画家小林よしのりのブレーンとなり、小林の著作中に「思想家」として登場し注目される。しかし『戦争論』以後の小林とは一線を引き、歴史教科書問題その他でも中立的な立場を取っている。著書に「大学で何を学ぶか」(幻冬舎文庫)「思想家志願」(幻冬舎)「アナーキズム」(筑摩書房)「ナショナリズム」(筑摩書房)などがある。UP




平成22年12月8日付け産経新聞掲載写真
中村 正人(なかむら まさと、1959年-)JAXA宇宙科学研究所職員、東京大学卒業。専門は惑星大気・プラズマ物理学。
2010年12月8日、中村教授は日本初の金星探査機「あかつき」が金星の軌道に入れなかった事を発表した。その際の丸メガネを掛けた写真。UP




川端 幹人(かわばた みきと、1959年 - )は和歌山県出身の、編集者、ジャーナリスト。中央大学法学部法律学科卒業。自販機本の編集者、映画の脚本家などをへて、噂の眞相に入社し岡留安則編集長のもとで副編集長に就任する。 同誌では、皇室、検察スキャンダル・扇動記事などを執筆。2001年には岡留とともに、自称右翼団体の襲撃をうけて負傷したという。 同誌の休刊後は、フリーのライター・編集者として活動。マガジンハウス「ダカーポ」等の編集に携わった。
著書に『Rの総括』、『日本新党のウソ、平成維新のデマ』、『事件の真相!』、『中吊り倶楽部』、『タブーの正体!』など。UP




笑福亭 晃瓶(しょうふくてい こうへい、1960年3月24日 - )は大阪市東住吉区(現・平野区)長吉長原出身の落語家。松竹芸能所属。本名は廣田 勝(ひろた まさる)。
笑福亭鶴瓶の二番弟子で、1984年4月21日入門(一番弟子は笑福亭笑瓶)。近年は、落語家、ラジオパーソナリティーのみならず、講演会の講師としても活躍。2013年、作家デビュー。2012年3月には、自ら企画して「東北応援ツアー」を実施した。UP



福田 和也(ふくだ かずや、1960年(昭和35年)10月9日 - ) 文芸評論家。
『奇妙な廃墟』で出版デビュー。福田が期待したような反響を呼ばなかったが江藤淳に見出され、『諸君!』に「遥かなる日本ルネサンス」を書き「大型新人デビュー」と宣伝された。のち、江藤に声をかけられたから保守派になったと言われるゆえんである。保守派の論客ではあるが「既存体制の擁護」という狭い意味での保守からは外れている。幅広い分野で旺盛な執筆活動を続るかたわらラジオ、テレビにも出演。また、慶應義塾大学環境情報学部で教鞭をとっている。福田ゼミ出身者には、一青窈、佐藤和歌子、酒井信、大澤信亮などがいる。UP




桂 九雀(かつら くじゃく、1960年12月2日 - )は広島県広島市出身の落語家。本名は室屋 聖(むろや とおる)。上方落語協会会員(1994年脱会。2008年12月復帰)。中学以降は大阪に在住。
ネタ数の豊富さは上方落語界では屈指。 古典を型通りやるもの、古典に新しい解釈・手法・落ちなど新味を加えたもの、新作、復活もの、と多岐にわたる。趣味は将棋とクラリネット。UP




布施 英利(ふせ ひでと、1960年 - )は、芸術学者。群馬県出身。東京芸術大学大学院在学中に「脳の中の美術館」(筑摩書房)でデビュー。東京大学医学部助手を経て、現在は東京芸術大学准教授。日本の美から西洋まで、さまざまな芸術を研究する。専門は美術解剖学。 東京大学助手時代は、「バカの壁」などで知られる解剖学者・養老孟司の研究室に勤務。主な著作に「はじまりはダ・ヴィンチから-50人の美術家を解剖する」、「君はピカソを知っているか」など多数。UP




写真は朝日新聞の医療サイト「apital」からお借りしました。
橳島次郎(ぬでしまじろう)1960年 横浜に生まれる。1988年3月 東京大学大学院社会学研究科博士課程修了、91年3月同研究科より博士学位取得(社会学博士)
専門:生命科学・医学の研究と臨床応用を中心にした、科学政策論
著書:『神の比較社会学』弘文堂
  『脳死・臓器移植と日本社会――死と死後を決める作法』弘文堂
  『優生学と人間社会――生命科学の世紀はどこへ向かうのか』講談社(講談社現代新書)
  『先端医療のルール----人体利用はどこまで許されるのか』講談社 など UP




守口徹(1960?生まれ)1982年 横浜市立大学を卒業後、製薬会社の薬理部門に勤務。国立がんセンター研究所、東京大学 薬学部に研究出向の後、同大学で博士号を取得し、1997年 客員研究員として米国国立衛生研究所で脂肪酸と脳機能に関して研究。2008年より麻布大学 生命・環境科学部に奉職、現在に至る。
日本DHA食品普及・認定協会 学術委員、日本脂質栄養学会 副理事長。
出典:麻布大学大学教員プロフィール UP



藤木 勇人(ふじき・はやと)は、沖縄県を拠点に日本全国で活動するマルチタレント。自称“うちなぁ噺家”。米軍占領下の沖縄・コザ(現沖縄市)で生まれ育つ。20代の頃、現在沖縄県議会議員の玉城満が主宰していた「笑築過激団」のメンバーとして活動する一方、並行して照屋林賢率いるりんけんバンドのメンバーともなった。30代になってどちらからも抜けて一本立ちし、以後落語家立川志の輔に師事し、落語家としてではないが、今日に至るまで一人で活動する。2001年に放送されたNHKの『ちゅらさん』シリーズに方言指導者を兼ねて出演したことで、彼が語る沖縄の言葉とともに全国区の人気を得るようになる。以後は沖縄県以外での活動の幅も増えており、現在は沖縄噺家、役者、コメディアン、随筆家、沖縄方言指導者、琉球文化研究者など、幅広い顔を持つ。UP




写真は「歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・」さんからお借りしました。
高橋克実(たかはし かつみ、1961年4月1日 -
日本の俳優、マルチタレント、司会者。愛称はカッツミー。
新潟県三条市出身。シス・カンパニー所属。UP  




三谷 幸喜(みたに こうき、1961年7月8日 - )は、東京都世田谷区出身の劇作家、脚本家、演出家、俳優、映画監督。元妻は女優の小林聡美。日本大学藝術学部演劇学科卒業。
「幸喜」という名前は、当時大関で、後に横綱となった大相撲力士、大鵬幸喜にあやかったもの。少年時代には、『とんねるず』の木梨憲武と同じサッカークラブに所属していた。
大学在学中の1983年、劇団 「東京サンシャインボーイズ」を結成。その後、放送作家としても活躍。またドラマ『やっぱり猫が好き』の脚本を多数回担当したことなどからテレビドラマの世界でも注目を集め、1997年には初の映画監督作品として『ラヂオの時間』を発表し、高い評価と多くの映画賞を獲得した。UP




久保田 雅人(くぼた まさと、1961年8月8日 - )は、ケイズマシーン所属の男性タレント・声優である。東京都出身。立正大学文学部史学科卒業。NHK教育テレビ『つくってあそぼ』(子供向け工作番組)の「ワクワクさん」として出演。UP 




中井 貴一(なかい きいち、1961年9月18日 - )は、東京都世田谷区出身の俳優。父の佐田啓二、姉の中井貴惠も揃って俳優という芸能一家に生を受けた。3歳の誕生日を目前にして交通事故で父を亡くす。父の17回忌の法要の際にスカウトされ、本格的に俳優としての活動を開始したのは成蹊大学在学中で、映画『連合艦隊』への出演でデビュー。同作品で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した。『ふぞろいの林檎たち』での主役を演じるなど、ヒット作多数。上の写真は平成2年のドラマで金田一耕助役を演じた時の丸メガネ姿。ハンチング帽に丸メガネの金田一。UP





早見 裕司(はやみ ゆうじ、1961年 - )は、日本の小説家・脚本家。青森県出身。1988年『夏街道[サマーロード]』(徳間アニメージュ文庫)でデビュー。日本推理作家協会会員・本格ミステリ作家クラブ会員。自らは「奇談小説家」を名乗る。沖縄県浦添市在住。UP




長谷川義史(はせがわ よしふみ、1961年生まれ)大阪府藤井寺市出身のイラストレーター。絵本作家。妻もイラストレーターのあおきひろえ。「プレイガイドジャーナル」のカット等を担当。1990年JACA日本イラストレーション展入選。「おたまさんのおかいさん」(解放出版社)で講談社出版文化賞絵本賞を受賞。「スモウマン」(講談社刊)、「うえへまいりまぁす」(PHP研究所)、「かあちゃんかいじゅう」(ひかりのくに刊)などの作品がある。また、「読み聞かせの会」でも活動。UP




谷口 榮(たにぐち さかえ) 1961年、東京都葛飾区生まれ。国士舘大学文学部史学地理学科卒業。葛飾区郷土と天文の博物館学芸員。UP




中矢 伸一(なかや しんいち)1961年生まれ
「日本弥栄 (にほんいやさか) の会」代表。
3年に及ぶ米国留学生活を通じ、日本と日本民族の特異性を自覚。
帰国後、英会話講師・翻訳・通訳業に携わる一方、神道系の歴史、宗教、思想などについて独自に研究を進める。
1991年、それまでの研究をまとめた『日月神示』(徳間書店)を刊行。
以後、関連した書籍を相次いで世に送り出す。~プロフィール 出典:「日本弥栄の会」HP
ご紹介者:匿名希望 UP




村上 隆(むらかみ たかし 1962年2月1日 - )は現代美術家で日本におけるポップアートの代表者。高級ブランド、ルイ・ヴィトンとコラボレートした商品を発表するなど、世界的影響を有する美術家でもある。東京都出身。
「アートとは何か」、常に我々の価値観を揺さぶるような作品を世に送り出している。自らの作品制作を行うかたわら、芸術イベント『GEISAI』プロジェクトのチェアマンをつとめアーティスト集団Kaikai Kikiを主宰し、若手アーティストのプロデュースを行うなど、活発な活動を展開している。アニメ、フィギュアなどいわゆるサブカルチャーであるオタク系の題材を用いた作品が有名。2002年パリで開かれた「ぬりえ」展は大成功をおさめ日本特有のキャラクターやアニメを芸術へと昇華してみせた。UP




平田 オリザ(ひらた オリザ、男性、1962年11月8日 - )は日本の劇作家、演出家。劇団青年団主宰、こまばアゴラ劇場支配人。代表作に『東京ノート』『ソウル市民』三部作など。80年代に小劇場において見られた絶叫型の劇に対して、淡々とした会話とやりとりで進行していく「静かな演劇」と呼ばれるスタイルを打ち出し、新しい現代口語演劇の作劇術を定着させた。戯曲集のほか『現代口語演劇のために』など理論的な著書も多い。UP




遠山正道 1962年東京生まれ。スマイルズ社長
85年慶大(商)卒、同年三菱商事入社。97年日本ケンタッキー・フライド・チキンに出向したときに、企画書『スープのある1日』を書き上げ、開業のきっかけを作った。99年『スープ ストック トーキョー』第1号店をオープン。2000年株式会社スマイルズ設立、代表取締役社長就任。絵画アーティストとしても活躍。UP

『スープ ストック トーキョー』
個性的なメニューが人気を呼ぶ。
著書に『スープで、いきます』




写真はフェイスブックよりお借りしました。
三澤武彦(みさわたけひこ、1962年生まれ)釜石生まれ、名古屋育ち。三澤武彦写真事務所代表
1990年代後半から、結婚式とその後の家族の記念写真を撮り続けている。ライフテーマは「私的報道写真」。2003年には中部の写真家300人展グランプリ、2011年にはエプソンフォトグランプリ審査員賞を受賞。結婚式の写真展や2012年には写真展「私的報道写真」を開催している。UP




小荒井 衛(こあらい まもる)
1962年生まれ。1984年茨城大学理学部卒業。1986年国土地理院採用。2005年より、国土地理院地理地殻活動研究センター地理情報解析研究室長。専門は地理、地学、地図、防災。「古い地図や写真から知る液状化の危険性」について講演を行う。UP




福井 義高(ふくい よしたか)昭和37年、京都府生まれ。
東大法学部卒。国鉄、JR東日本、東北大大学院助教授を経て、現在、青山学院大大学院教授。米カーネギー・メロン大で博士号取得。著書に「鉄道は生き残れるか」など。UP




井原 裕(いはら ひろし、1962年 - )
日本の医学者、精神科医。専門は精神病理学、司法精神医学、精神療法。
獨協医科大学医学部教授。
刑事・民事の精神鑑定を数多く行っている。
精神療法的接近を心掛けており、薬に頼りきりではない精神科臨床を実践している。UP




村上光男(むらかみみつお、1963年生まれ) 器作家
1963年三重県津市に生まれる。30才のとき、陶芸家を志し、瀬戸窯業高等学校陶芸専攻科に入学。1995年、鳥羽に光和窯を開く。青磁に魅せられ、『青』をテーマに青磁、青白磁、灰釉、染付けなどの技法を用いて食器、花器を中心とした、『用の器』を制作。作品は、毎年名古屋、三重など各地の個展にて発表。(村上氏ホームページ鳥羽光和窯より)UP




畠中理恵子(はたなかりえこ)1963年神奈川県生まれ。
書店員、ライター。著書に『神保町「書肆アクセス」半畳日記』(無明舎出版)
UP




加藤 雅也(かとう まさや、1963年4月27日 - )は、奈良県出身の俳優。
写真は、映画「さくら、さくら」-サムライ化学者高峰譲吉の生涯で、高峰譲吉役の時の丸メガネ。UP




千田 嘉博(せんだ よしひろ、1963年7月 - )
日本の考古学者、奈良大学文学部文化財学科教授。
専門は城郭考古学。日本各地の中世・近世城郭の発掘調査・整備に関わるほか、ヨーロッパ・モンゴル・ニュージーランドなど世界の城と日本の城の比較研究を行っている。 
各地の自治体の城館発掘調査・整備、文化財保護、自治体史の編さんに委員として参画。日本100名城選定委員。UP




竹谷 隆之 (たけや たかゆき、1963年12月10日 - )は北海道出身のフィギュア造形作家。雨宮慶太監督作品の造形美術を担当していることで知られる。
漁師の家に生まれ、粘土細工やプラモデル製作で遊ぶという幼少期を過ごす。阿佐ヶ谷美術専門学校に進学し、グラフィックデザインを専攻するも、クラスメイトの寺田克也の絵があまりに上手いため造形の道へ進んだという。専門学校在学中に製作した初のスクラッチビルド作品を西荻窪の模型店に展示したことをきっかけに小林誠と知り合い、小林に師事し、そこで造形仲間の韮沢靖と出会うことになる。専門学校卒業後、小林の誘いを受けモデルアート社に入社。月刊モデルアートの編集の仕事に従事。並行して博覧会等の展示映像用立体物の製作などを請け負っていたが、造形の仕事が多忙になりフリーランスとなる。寺田の紹介により雨宮慶太の映画『未来忍者』に参加。以後、雨宮作品の造形美術を担当することになる。高いレベルの造形力と、氏独自の解釈で描かれるデザイン力が評価されている。特に有機的なメカニック・デザインやクリーチャー作品を得意とする。オリジナル作品集『漁師の角度』のほか、『仮面ライダーシリーズ』、『ファイナルファンタジーシリーズ』のフィギュア原型を担当。『牙狼<GARO>』など特撮作品の美術デザインにも参加している。海外にも熱狂的なファンを持ち、膨大なおもちゃのコレクターであるNIKEの社長Mark Parker自らが竹谷の原型を買いに来た事もある。UP




杉山豊治(すぎやま とよじ、1963(昭和38)年)愛知県生まれ
高校卒業後、国際電信電話(KDD)に入社。その後KDD労働組合中央本部政策調査部長、情報産業労働組合連合会政策局長などを経て、現在、日本労働組合総連合会(連合)社会政策局長。UP




写真はブログ「☆東京レトロな生活骨董の店スピカ」より拝借しました。
増田健一(ますだ けんいち)1963年生まれ?
元JR職員。現在は「大阪くらしの今昔館」特別研究員。
JRで運転士を務めるが、昭和レトロ家電を集める趣味が高じて平成14年に退職。集めた昔の家電は800点余り。全国各地での「増田健一昭和家電展示会」などに自身がコレクションしている家電製品を貸し出している。UP




ぴろき(1964年1月1日 - )は、落語芸術協会・漫才協会に所属するお笑い芸人。本名は佐藤浩樹(さとうひろき)、岡山県里庄町出身。一時漫才コンビを組んでいたが、現在はピン芸人として寄席を中心に活動している。
頭のてっぺんで髪を丁髷の様に結い、丸眼鏡・フリルのブラウス・蝶ネクタイ・幅広のズボンという出で立ちで、ギタレレ(ウクレレより弦が2本多い)を弾きながら自虐ネタ漫談を披露する。キメ台詞は『明るく陽気にいきましょう』である。ゆるキャラぼやきの哀愁の癒やし系芸人とされている。UP




堀江 敏幸(ほりえ としゆき、1964年1月3日 - )は、岐阜県多治見市出身の小説家、フランス文学者、早稲田大学教授。早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業。東京大学大学院人文科学研究科フランス文学専攻博士課程単位取得退学。その間にパリ第3大学博士課程留学。1995年『郊外へ』で小説家デビュー。 2001年『熊の敷石』で第124回芥川龍之介賞受賞。以後数多くの賞を受賞、また、選考委員も務める。2004年より明治大学理工学部教授、2007年に早稲田大学文学学術院教授に就任。2009年に早稲田大学短歌会会長に就任。UP




角田暁治(かくだ あきら 1964年12月5日ー)
京都市出身の建築家。
現在、京都工芸繊維大学准教授 博士(工学)。
1987年 京都工芸繊維大学卒業。
1989年 京都工芸繊維大学大学院修了。
竹中工務店設計部を経て、1998年アトリエ・K一級建築士事務所設立。
2004年より京都工芸繊維大学にて教鞭をとる。
作品に「賢島ミキハウス荘」「蓼科の別荘」「KIT PAVILION」など。
設計活動とともに、村野藤吾に関する研究も行っており、著書に「村野藤吾のファサードデザイン」などがある。
(角田先生がこの写真でお掛けになっているのは、本会オリジナルのKAICHIで、角田先生は他にも本会オリジナルの丸メガネをお持ちです)UP




野村辰寿(のむらたつとし、1964年生まれ)
三重県出身。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業、株式会社ロボットに入社。CMディレクターとして活動後、フジテレビ『ストレイシープ』をきっかけに、『ジャム・ザ・ハウスネイル』『ネコのさくせん』TVアニメシリーズ『ななみちゃん』ネトアニ『Moon Boon』など、さまざまなアニメーション作品を手がける。また、同社キャラクター・アニメーション部Animation studio CAGEを設立。オリジナル作品や、CM、テレビ番組、Web、絵本、イラストレーションなど幅広く活動中。UP




松原 桃太郎(まつばら ももたろう、1965年9月2日 - )
愛称:マッちゃん、デブちゃん。新潟県新潟市出身。
コントアイドルグループCHA-CHAのメンバー。
グループ解散後は“松原ひとし”に改名し、元・「おめで隊」の奈津あつし(その後佐藤あつしに改名)と共に、コントコンビ「まんもす2」として活動していたが、こちらも間もなくして解散。芸能界の表舞台から去る。
講談師の神田山陽と顔が酷似しており同一人物との誤解があるが、全くの無関係。UP




古田 新太(ふるた あらた、1965年12月3日 - )は、日本の俳優、声優、DJ。本名、古田 岳史(ふるた たけふみ)。愛称は古ちん。
兵庫県神戸市西区出身。リコモーション所属。173cm、70kg。芸名である「新太」は亡き実父の本名に由来する。妻は元タレントの西端弥生。一女あり。UP



香川 照之(かがわ てるゆき、1965年12月7日 - )は、東京都出身の俳優。父は歌舞伎役者の三代目市川猿之助、母は女優の浜木綿子。東京大学文学部卒業。写真は映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六 ―太平洋戦争70年目の真実―』でジャーナリスト宗像景清役を演じる丸メガネを掛けた香川照之。 UP




本木 雅弘(もとき まさひろ、1965年12月21日 - )は、日本の俳優。 愛称「モックン」、埼玉県桶川市出身。この地で15代続く農家の次男。3人組アイドル「シブがき隊」を解散したのち、本格的な俳優として活躍。2009年には自ら製作を発想し、主演もした『おくりびと』がアカデミー賞外国語映画賞を受賞。ロックミュージシャン内田裕也と女優の樹木希林の間に生まれた娘、内田也哉子と結婚。婿養子となっている。UP




奥泉和也 山形県鶴岡市出身 クラゲの展示種類数世界最多(30種)としてギネス記録に認定(2012年3月22日)された鶴岡市立加茂水族館副館長。
四角い水槽だとクラゲはガラスにぶっかって死んでしまうことから、奥泉氏は八角形の水槽を考案。円形の水槽は非常に値段が高く、四角い水槽の端と端に板を45度で張れば、円に近くなるのでは、と考案されたもので、現在では日本中のクラゲの展示に使われている。UP




3代目 神田 山陽(かんだ さんよう、本名:稲荷 啓之(いなり ひろゆき)、1966年1月14日 - )は、日本で活躍している講談師。
北海道常呂郡留辺蘂町(現・北見市)出身。落語芸術協会会員。女満別小学校・女満別中学校・北海道網走南ヶ丘高等学校卒業。小中高と網走郡女満別町(現・大空町)で暮らす。高校卒業後、様々なアルバイト等を経て、1990年(平成2年)に2代目神田山陽に入門。「神田北陽」を名乗る。
1994年(平成6年)4月に二ツ目昇進。2000年(平成12年)11月、師匠・2代目山陽死去により同門の3代目神田松鯉(かんだしょうり)門下へ移動。2002年(平成14年)8月に真打となり、「3代目 神田山陽 」を襲名する。2005年(平成17年)9月から、文化庁の文化交流使としてイタリアに在住(2006年8月まで)。イタリア各地で講談を披露した。にほんごであそぼ(NHK教育テレビ)で一躍有名になった。
1998年(平成10年)、国立演芸場花形演芸会銀賞受賞。
2002年(平成14年)、文化庁芸術祭演芸部門新人賞受賞。UP




梶原 善(かじはら ぜん、1966年2月25日 - )は俳優。岡山市出身。血液型はA型。苗字は「かじわら」ではなく「かじはら」と読む。東京サンシャインボーイズ出身の俳優で、三谷幸喜作品に多く登場する。近藤芳正とともに、三谷の映画監督作品全てにキャスティングされている。 また、近年は劇団☆新感線作品にも多く客演。写真はNHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」で戌井慎二役の丸メガネ姿。UP




沼田 識史(ぬまた さとし、1966年9月25日 - )は東京都出身の現代美術家、画家。主に人物を対象にした現代美術作品で知られている。 キャンバスにアクリル絵具で描き、唯一無二のスタイルで既成概念に囚われず、自由な発想の独特な雰囲気や個性を持つ人物画を描いたり、ポップアート、抽象的な絵、コラージュなども創る。写真を撮ることもある。UP




写真と文は、プレジデント社が提供するビジネスパーソンのための総合情報サイト「PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)」からお借りしました。UP




写真は「日経ビジネスオンライン」からお借りしました。
モリナガ・ヨウ(男性、1966年 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。東京都渋谷区出身。

早稲田大学教育学部卒業。学生時代は早稲田大学漫画研究会に所属。
ミリタリーモデル製作を趣味としており、模型雑誌「モデルグラフィックス」への投稿を経て同誌や姉妹紙「アーマーモデリング」で作例やイラストを手掛け、海洋堂の戦車食玩「ワールドタンクミュージアム」の同封解説書イラストも担当している。
空想科学研究所工場長もしている。2016年、「築地市場 絵でみる魚市場の一日」で第63回産経児童出版文化賞大賞受賞。出典:ウィキペディア UP




写真はブログ「LUNETTES du JURA OTOTESANDO-hills」より拝借いたしました。
ヤマシタリョウ 東京生まれ。現代アーティスト・眼鏡作家。
デザインから金属の鋳鍛造・成形まで、制作工程のすべてをひとりで手がける眼鏡作家・現代アーティスト。大学で歴史学(古代~近世服飾史及び装身具)を研究。とりわけ和眼鏡に着目し、その興味から職の継承の大切さに気づき、制作者としての道を目指す。アイウェアにおいて初めてのオートクチュールスタイルを確立し、2009年からオーストリア・ハプスブルグ家御用達としてフランチェスカ大公妃に愛用されている。眼鏡をもっとも身近な芸術と位置づけ、独自の造形を発展させ、芸術と道具の垣根を越えて、既成概念にとらわれない眼鏡の芸術に挑む。
ヤマシタリョウ(現代アーティスト、眼鏡作家)オフィシャルサイトより抜粋

*数多くの個性的な眼鏡を製作する中、映画(実写版)「忍たま乱太郎」のメガネも手がけている。UP




小野直哉(おの なおや)
明治鍼灸大学卒業後、京都大学大学院人間・環境学研究科、京都大学大学院経済学研究科、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科医療経済学分野を経て、現在、京都大学大学院医学研究科在籍。現在、未来工学研究所21世紀社会システム研究センター主任研究員兼Executive Fellow, International Institute of Health and Human Services, Berkeley, U. S. A., 明治国際医療大学非常勤講師。
主な業績:「諸外国における補完(相補)代替医療の利用状況」『維持透析患者の補完代替医療ガイド』医歯薬出版株式会社2010年、「世界の統合医療の現状―日本の鍼灸の在り方を考えるために―」『社会鍼灸学研究2009』社会鍼灸学研究会2010年ほか。UP




写真はブログ「立川キウイの小部屋」よりお借りしました。
立川 キウイ(たてかわ きうい、1967年1月11日 - ) は落語家。本名、塚田 洋一郎(つかだ よういちろう)。東京都板橋区出身。落語立川流所属。立川談志直門。2011年7月前後に真打昇進。UP




2代目桂 南天(かつら なんてん、1967年12月27日 - )は大阪府枚方市出身の落語家。本名は尾崎 裕一(おざき ゆういち)。大阪芸術大学卒業。出囃子は「復興節」。
1991年3月に3代目桂べかこ(現3代目桂南光)に入門。同年8月、に桂こごろうの名前で「岡町落語ランド」にて初舞台。2004年桂雀喜と漫才コンビ「ねこまんま」を結成。
2011年6月6日、記者会見にて正式に2代目桂南天の襲名が発表され、2012年4月15日のサンケイホールブリーゼを皮切りに襲名披露興行を行う。またスポンサーに常盤薬品工業の「南天のど飴」がつく。草野球チーム「モッチャリーズ」メンバー。UP




三宅伸一郎(みやけ しんいちろう)1967年岡山県倉敷市出身。大谷大学卒業。大谷大学大学院文学研究科博士課程満期退学。大谷大学特別研修員、同非常勤講師、富山大学非常勤講師を経て、2003年より大谷大学文学部講師。専門分野はチベット学。UP




桂福点(かつら ふくてん、1968年生まれ)全盲の落語家。先天性緑内障で生後すぐに右目を失明。中学時代に左目も悪化し、視力を失う。その後、幼少時から好きだった落語や音楽のほか、障害者支援などの活動に参加。手話落語にも取り組んでいる桂福団治さんの弟子。UP




(第15代)酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん、1968年 - 、旧名:浩(ひろし)、2014年に襲名)
佐賀県有田の陶芸家、初代は江戸時代。代々その子孫(後継者)がこの名称を襲名している。
夕日に映える柿の実を見て初代が赤絵磁器を作ったとする逸話が「陶工柿右衛門」や「柿の色」の題で作者・友納友次郎により大正時代の小学校の教科書に掲載され、広く知られていたが、これはオランダにおける陶工の琺瑯彩に関するエピソードを柿右衛門に当てはめたものである。UP




大棟耕介(おおむね こうすけ  1969年5月17日生まれ)愛知県出身。道化師の会社“プレジャー企画”代表。
名古屋鉄道に勤務していた94年に道化師の養成講座を受講し、同じ講座の受講生とともに道化師チーム「プレジャーB」を結成。休日を使って活動を続けたが、98年に退社して道化師の育成、派遣を行う会社「プレジャー企画」を設立した。2004年、名古屋第一赤十字病院でホスピタル・クラウンの活動を開始。06年、NPO法人「日本ホスピタル・クラウン協会」設立。映画「パッチ・アダムス」のモデル、ハンター・アダムスとの親交も深い。
2003年に道化師の世界大会“WCA”でシングル部門2位、2008年にはグループ部門1位を受賞した。著書に「ホスピタルクラウン病院に笑いを届ける道化師」など




エンゾ・ 早川(エンゾ ハヤカワ、1969年9月生まれ)早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒。茅ヶ崎にある自転車店「エイドステーション」の店主で、「ロードバイクバイブル」、「ロードバイクに乗るときに読む本」、「ラクダのコブのある自転車乗りになりたい」「まちがいだらけの自転車えらび」など著書多数。UP



湯浅 誠(ゆあさ まこと、1969年 - )東京都小平市出身。東京大学法学部卒業。社会運動家・活動家・自立生活サポートセンター・もやい事務局長・反貧困ネットワーク事務局長。テレビ・新聞などマスメディアに論評を求められることも多い。21世紀初頭に顕在化した日本の貧困問題に関する活動と発言を続けている。UP




写真は、企画デザインチーム「ヒュージ」さんのブログから拝借しました。
菱川 勢一(ひしかわ せいいち、1969年 - )は、東京都大田区出身の映像作家、アートディレクター、クリエイティブディレクター、写真家。数多くの空間映像の演出を手掛け、1997年、ナガオカケンメイとともに、グラフィックデザインと映像の複合的活動拠点としてドローイングアンドマニュアルを設立。同年、モーショングラフィックスムーブメントの先駆けとなるモーショングラフィックス展を六本木アクシスギャラリーにて開催、映像構成ディレクターとして成功を収める。モーションロゴのデザインは50企業を越える。2003年、メディアの複合的デザインスタジオとしてスタンダードシリーズ設立。映像デザインやWebデザイン、グラフィックデザインのほかブランドデザイン、インタラクションデザインなどで活躍中。ドローイングアンドマニュアル株式会社代表取締役社長。2008年 武蔵野美術大学基礎デザイン学科教授に就任。2011年 カンヌ国際広告祭にて同氏が監督を務めたNTTドコモCM「森の木琴」が3部門で受賞した。同年、初の写真展「存在しない映画、存在した光景 (Found stories from a movie that doesn't exist.)」を開催。京都ANTE ROOM KYOTO、東京 Mercedes-Benz Connection、金沢を巡回した。2012年、金沢で開催のeat KANAZAWAの総合プロデューサーを務め、多くの観客動員を記録した。金沢の教育機関betaにて理事および講師に就任。2012年、カンヌ国際広告祭(Cannes Lions) Film Craft部門審査員を務める。UP




写真は水守啓氏のオフィシャルウェブサイトからお借りしました。
水守啓(みずもり けい)
「自然との同調」を手掛かりに神秘現象の解明に取り組むナチュラリスト、 サイエンスライター、リバース・スピーチ分析家。オカルトや都市伝説を話のネタに終わらせず、科学的洞察力の育成に導く解説を行うことでも知られる。UP







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